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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)22号 判決

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨(控訴人ら)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、市川市に対し、六四万二五〇〇円及びこれに対する昭和六一年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人)

主文第一項同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因(控訴人ら)

1  控訴人ら(選定者を含む。以下、訴訟上の当事者として表示する場合を除き、同様である。)は、普通地方公共団体市川市の住民であり、被控訴人は、市川市の市長である。

2  被控訴人は、昭和六一年七月一八日、「市川市特別職の職員の給与、旅費及び費用弁償に関する条例」(以下「本件条例」という。)五条の三に基づく費用弁償(以下「本件費用弁償」という。)として、同年六月の市議会定例会本会議及び常任委員会に出席した議員のうちの三七人に対し、総額七七万一〇〇〇円を支出した。

右費用弁償としての支出は、一人日額三〇〇〇円であるが、その内訳は、交通費が五〇〇円で、残余の二五〇〇円が昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費であり、前記支出総額七七万一〇〇〇円のうち六四万二五〇〇円が右残余相当部分の支出(以下「本件支出」という。)である。

3  市川市議会の議長は月額五四万二〇〇〇円、副議長は月額四八万七〇〇〇円、議員は月額四五万二〇〇〇円の報酬と、年間四・九か月分の期末手当を支給されている。右報酬及び期末手当は、所得税法上は「給与」として扱われ、必要経費の概算的控除としての給与所得控除の対象となっている。ところで、所得税法上、給与所得者に対しては、その職種が何であれ、勤務する場所を離れての職務を遂行するための旅行の費用、通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のための通勤手当、職務の性質上欠くことのできない金銭以外の物の給付等につき、非課税所得の扱いで給与とは別に支給できるとされている(所得税法九条一項四号ないし六号)ことを除いて、職種に応じた固有の職業費を必要経費として認める考え方は採られておらず、一般的・概括的に必要経費分として給与所得控除がされている。したがって、地方自治法二〇三条三項が地方議会の議員に対し費用弁償として認めている給付も、給与所得者一般に認められている右非課税の給付に限定されるべきであり、それ以外のものの支給は、報酬に含まれるはずである。ところが、前記2の費用弁償としての支出には、交通費の外、本来報酬に含まれるはずの昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費が含まれていた。特に、昼食代については、所得税法三六条一項の収入金額との関連で、国税庁は、食事代については左記(一)ないし(三)の場合のみを非課税にしているが、本件支出中の昼食代は、そのいずれにも該当しない。

(一) 現物支給で、その価格の二分の一以上を本人が負担し、使用者負担の月額残高が三五〇〇円以下の場合。

(二) 勤務時間外の残業に対する支給の場合。

(三) 深夜勤務者に対する現金給付で、一回三〇〇円までの場合。

そうすると、被控訴人のした本件支出は、所得税法上課税対象となる所得に算入されるべきものを非課税で支給したことになる点で、所得税法九条一項四号ないし六号、三六条一項に違反したものであり、本件条例別表第1に掲げる報酬以外の報酬を支給したことになる点で、本件条例に違反した支出である。

また、本件費用弁償は一人日額三〇〇〇円であるが、その内訳は五〇〇円が交通費で二五〇〇円が昼食代等の諸雑費であるところ、交通費は、議員が居住地から職場まで往復する交通費であるから、「旅費」(所得税法九条一項四号)でなく(本件条例の題名からも「旅費」と「費用弁償」の概念が別であることは明らかである。)、「通勤手当」(所得税法九条一項五号)であり、諸雑費は、その額が本件条例における議員が出張した場合の日当が二五〇〇円であること(本件条例五条、別表第6)を勘案したものであって、「日当」である。そして、「旅費」には食事代を含む日当が含まれるが、「通勤手当」には日当が含まれないので、通勤手当の性質を有する費用弁償に日当を含めて規定した本件条例自体が違法である点で、被控訴人のした本件支出は違法な支出である。

4  ただし、本件支出の違法性は、支出負担行為ないし支出命令の段階で発生したのではなく、被控訴人の左記〈1〉ないし〈4〉の支出の原因となる各行為(以下、順次「本件行為〈1〉」ないし「本件行為〈4〉」という。)が違法であることにより、本件支出もまた違法となるものである。

〈1〉 地方自治法二〇三条三項の費用弁償の規定の理解を誤り、本来費用弁償に当たらない昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費を費用弁償の内容とした予算案を議会に提出した。

〈2〉 同様にして同内容の条例案を議会に提出した。

〈3〉 右条例案が本件条例五条の三として可決後、付再議権を行使しなかった。

〈4〉 本件条例五条の三の公布は、昭和六一年三月二七日であり、それに基づく最初の費用弁償の支出は、同年七月一八日であるから、その間に、被控訴人は、市長としての担任事務である地方自治法一四九条五号の「会計を監督する」権限を行使して違法支出にならぬよう是正措置(財政部長を指揮監督して歳出配当から本件費用弁償中の違法支出分を削除させること。)を講ずることができたにもかかわらず、これを行使しなかった。

5  被控訴人のした本件行為〈1〉ないし〈4〉は、いずれも地方自治法二〇三条三項の解釈を誤った過失に基づくものであるから、民法七〇九条の不法行為であり、市川市は、これにより本件支出六四万二五〇〇円相当の損害を被った。

6  控訴人らは、昭和六一年七月二一日、市川市監査委員に対し、被控訴人のした本件支出のため市川市が被った損害を補填するため、被控訴人に損害賠償をさせる措置を講ずるよう求める旨の監査請求をしたが、同委員は、控訴人らの請求を棄却する旨の監査結果を出し、同年九月一九日、これを控訴人らに通知した。

7  よって、控訴人らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、市川市に代位して、被控訴人に対し、六四万二五〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年一〇月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を市川市に支払うことを求める。

二  本案前の抗弁(被控訴人)

1  地方自治法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の対象となる不法行為責任の基礎となる行為は、財務会計上の行為又はそれを怠る事実でなければならないと解されるところ、本件条例五条の三に基づく費用弁償に係る支出負担行為及び支出命令は、市川市財務規則五四条、別表第1の9、五九条一項並びに市川市議会事務局設置条例及びこれに基づく市川市議会事務局処務規程二条、四条により、市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されているから、本件支出は市川市長たる被控訴人がしたものではないことは明らかである。したがって、被控訴人は、全く財務会計上の行為をしておらず、怠る事実もないので、本件訴えは地方自治法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟として不適法である。

よって、本件訴えの却下を求める。

2  本件訴訟の対象は、地方自治法二四二条一項及び二四二条の二第一項により、違法な公金の支出等の財務会計上の行為又は怠る事実に限定され、財務会計上の行為でなくともそれが違法であることによって財務会計上の行為が違法となる場合も含まれるものの、それは原因行為自体が財務会計上の行為ともみられるような密接不可分かつ直接に関連して、原因行為と当該財務会計上の行為とが同一人によって行われているときだけであり、本件行為〈1〉ないし〈4〉は、仮に違法であったとしても、いずれも本件支出と密接不可分かつ直接に関連しているものではないし、本件支出に係る債務負担行為又は支出命令は被控訴人がしたものではないから、本件支出を違法とするものではなく、住民訴訟の対象とならないので、本件訴えは地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟として不適法である。

よって、本件訴えの却下を求める。

三  本案前の抗弁に対する反論(控訴人ら)

1  地方自治法二四二条の二所定の代位請求住民訴訟において被告とすべき「当該職員」とは、住民訴訟制度が同法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味すると解されている。同法一四九条二号は、「予算を調製し、及びこれを執行すること」を、同条五号は「会計を監督すること」を普通地方公共団体の長の担任事務としており、これらはいずれも普通地方公共団体の長としての財務会計に関する法律上の本来の担任事務である。

したがって、本件条例に基づく議員に対する費用弁償に係る支出負担行為及び支出命令が市川市長から市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されていても、市川市長たる被控訴人は、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者であるから、「当該職員」に該当し、被告適格を有することは明らかである。

2  地方自治法二四二条及び二四二条の二でいう公金の支出が違法となるのは、その支出自体が直接法令に違反する場合とその原因行為が法令に違反しているために公金の支出が違法となる場合があり、後者の場合は原因行為と公金の支出の間に因果関係があれば認められるものであるところ、本件行為〈1〉ないし〈4〉は、それがなければ本件支出はなかったから、本件支出と因果関係があり、本件支出を違法とするものである。

したがって、本件訴えは地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟として適法である。

四  請求原因に対する認否(被控訴人)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、昭和六一年七月一八日、本件条例五条の三に基づき、同年六月の市議会定例本会議及び常任委員会に出席した議員のうち、三七人に対し、費用弁償として総額七七万一〇〇〇円が支出された事実は認めるが、右支出を被控訴人がした事実は否認する。本件支出に係る費用弁償の支出負担行為及び支出命令は、市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されていて、市川市長たる被控訴人がしたものではない。本件費用弁償について、市川市職員が議会に対し、日当が二五〇〇円であること及び居住地からの交通費のうちの五〇〇円程度を勘案して一人一日三〇〇〇円としたものと説明したが、これは費用弁償の額を一人一日三〇〇〇円とするに際し勘案された事情であって、市川市職員の一応の積算に過ぎず、本件費用弁償は、その内訳が交通費が五〇〇円で昼食代等の諸雑費が二五〇〇円であると区分できるものではなく、その額の決定は当該地方公共団体の裁量に委ねられているものである。

3  同3のうち、市川市議会の議長が月額五四万二〇〇〇円、副議長が月額四八万七〇〇〇円、議員が月額四五万二〇〇〇円の報酬と、年間四・九か月分の期末手当を支給されている事実は認めるが、その余は争う。費用弁償は、議員の会議出席を含む議員活動に伴う職務の行為に要する経費につき地方自治法二〇三条三項を根拠として弁償できるとしているもので、実費弁償の性質を有する旅費とほぼ同様の性質と内容を有するものであり(国家公務員等の旅費に関する法律(以下「旅費法」という。)非常勤の職員については居住地から所属官署に出向く場合その者の居住地が出発箇所として扱われており、議員も非常勤であるから、本件費用弁償は、通勤手当ではなく、旅費に対応する。)、旅費法六条一項、六項によれば、日当が旅費の一部として規定されており、日当は旅行中の昼食代その他の雑費の支払に当てるためのものであるところ、本件条例において市川市職員の一応の積算では昼食代を七〇〇円として算出しているが、旅費法上の旅費は日当を含めて非課税になっているので、本件費用弁償も課税されるべきではなく、また、本件費用弁償の額は、相当な額を著しく超えたものということはできないから、裁量の範囲内であって適法である。なお、仮に、本件費用弁償について所得税法上課税されることがあったとしても、それは地方自治法とは別の次元の問題であり、本件費弁償は地方自治法上は適法である。

4  同4のうち、被控訴人が議員一人日額三〇〇〇円とする費用弁償の予算案及び同内容の条例案を議会に提出した事実は認めるが、その余は争う。控訴人らは、本件行為〈1〉ないし〈4〉が違法であることにより、本件支出もまた違法となるものであると主張するが、財務会計上の行為でなくともそれが違法であることによって財務会計上の行為が違法となるのは、原因行為自体が財務会計上の行為ともみられるような密接不可分かつ直接に関連して、原因行為と当該財務会計上の行為とが同一人によって行われているときだけであり、本件行為〈1〉ないし〈4〉は、仮に違法であったとしても、いずれも本件支出と密接不可分かつ直接に関連しているものではないし、本件支出に係る債務負担行為及び支出命令は被控訴人がしたものではないから、本件支出を違法とするものではなく、住民訴訟の対象とならないのである。

5  同5は争う。なお、本件費用弁償は、議員が会議、常任委員会又は特別委員会に出席したときに限り支給されるものであり、そこには議員の反対給付として出席しなかった場合にも支給される報酬の対象労務以上の役務の提供があるのであるから、市川市に何ら損害は生じていない。

6  同6の事実は認める。

7  同7は争う。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  まず、被控訴人の主張する抗弁1について判断する。

被控訴人は、本件条例五条の三に基づく費用弁償に係る支出負担行為及び支出命令が、市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されていて、本件支出は市川市長たる被控訴人がしたものではないので、被控訴人は、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の対象となる不法行為責任の基礎となる財務会計上の行為をしておらず、怠る事実もないので、本件訴えは不適法であると主張している。

しかし、控訴人らは、「被控訴人が本件支出をした」と主張しているところ、本件支出が地方自治法一四九条二号の普通地方公共団体の長が担任する「予算を調製し、及びこれを執行すること」に含まれることは明らかであるから、本件支出は、同法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の対象となる不法行為責任の基礎となる財務会計上の行為である。また、代位請求住民訴訟において被告とすべき「当該職員」とは、住民訴訟制度が同法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味すると解されており、本件支出は、同法一四九条二号により普通地方公共団体の長である被控訴人の担任事務であるので、その支出負担行為及び支出命令が市川市長から市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されていても、市川市長たる被控訴人は、本件支出に係る財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者であるから、 「被控訴人が」本件支出を「した」ものであるといわねばならない。

したがって、本件訴えは、被控訴人の右主張の点において不適法であると解することはできない。

二  次に、被控訴人主張の抗弁2について判断する。

被控訴人は、本件行為〈1〉ないし〈4〉は、仮に違法であったとしても、いずれも本件支出と密接不可分かつ直接に関連しているものではないし、本件支出に係る債務負担行為又は支出命令は被控訴人がしたものではないから、本件支出を違法とするものではなく、住民訴訟の対象とならないので、本件訴えは地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟として不適法であると主張している。

しかし、控訴人らは、本件行為〈1〉ないし〈4〉が違法であることにより本件支出が違法となったと主張しているのであるから、本件訴えが地方自治法二四二条の二第一項所定の住民訴訟として適格を欠くものではないというべきである。

三  そこで、本案について判断するに、最初に、控訴人らの「本件支出の違法性は、支出負担行為ないし支出命令の段階で発生したのではなく、本件行為〈1〉ないし〈4〉が違法であることにより、本件支出もまた違法となるものである。」との主張について検討する。

本件行為〈1〉予算案の議会提出、〈2〉条例案の議会提出、〈3〉再議権の不行使及び〈4〉会計監督権限の不行使は、いずれも本件支出を違法とするものではないというべきである。すなわち、

1  予算案や条例案の内容が違法であったとしても、通常は議会の審議で是正されるはずであり、仮に予算案や条例案に含まれる違法な内容がそのまま予算や条例として議決されたとしても、それは議決した議会ないし議員の責任であり、議決された予算や条例の違法については、議会ないし議員のみが責任を負い、予算案や条例案を議会に提出した普通地方公共団体の長は議員と共同で又は競合して責任を負うものではないと解すべきである。したがって、本件行為〈1〉及び〈2〉について予算案や条例案の内容が仮に違法であったとしても、これが理由となって議決された予算や条例の違法をもたらすことはなく、まして議決された予算や条例に基づく本件支出の違法をもたらすものでないことは明らかである。もっとも、予算案や条例案の議会提出に際して、普通地方公共団体の長が議会に対し誤った説明をしたり不実の資料を提供したりした場合で、しかも、その誤りが議会において適切に審議をしても発見できないようなものであったため、予算案や条例案に含まれる違法な内容がそのまま予算や条例として議決された場合を想定すれば、そのような場合、予算や条例の違法の原因がその提出行為にあるということができないではない。しかし、本件行為〈1〉及び〈2〉は地方自治法二〇三条三項等の法令の解釈に関して違法が主張されているのであって、このような法令の解釈が問題になっているときは、普通地方公共団体の長が議会に対しどのような説明や資料の提供をしたとしても、議会において適切に審議をすれば是正が可能であるから、是正されなかったときの責任は議会ないし議員が負うべきものであり、本件が右にいう場合に当たるということはできない。

したがって、本件行為〈1〉及び〈2〉は、仮に違法であったとしても、本件支出の違法をもたらすことはないといわねばならない。

2  地方自治一七六条四項は、普通地方公共団体の議会の議決が法令に違反すると認めるときは当該普通地方公共団体の長は再議に付さなければならない旨を規定しているが、被控訴人が本件条例の議決が法令に違反すると認識していたとは本件全資料によっても認められないから、被控訴人に同条項に基づく責任が生じるためには、被控訴人に本件条例の議決が法令に違反すると認識すべき注意義務が存することが前提となるというべきである。そして、本件条例については同法二〇三条三項等の法令の解釈に関して違法が主張されているところ、法令の規定についてある特定の解釈を採ることが注意義務の内容となるのは当該規定の趣旨が他の一切の解釈を許さないほどに一義的で明確である場合及び当該解釈が広く一般に採用されて異説がない場合だけであり、また、ある特定の解釈を採ったことが注意義務に違反することとなるのは当該解釈が合理性を欠いていることが明白である場合だけであると解されるが、本件条例に関する同法二〇三条三項等の法令の解釈については右のいずれの場合にも該当することはないので、本件条例の議決について同法一七六条四項が適用されるかどうかにかかわらず、被控訴人に同条項に基づく責任が認められることはないものである。

また、地方自治法一七六条一項の再議は、普通地方公共団体の長についての権限規定であって、義務規定ではないと解すべきであり、議会の議決した条例の内容が違法であれば、その責任は議会ないし議員が全面的にかつ排他的に負うものであって(前1で想定した場合を除く。)議会ないし議員の責任と並行して普通地方公共団体の長に再議に付する義務が生じることはない。もっとも、議会の議決後に生じた事由によって条例が違法になった場合は、普通地方公共団体の長に再議権を行使する義務が生じることが考えられないではないが、いずれにせよ本件は右のような場合に当たらない。

したがって、本件行為〈3〉によって被控訴人に何らかの責任が認められることはないというべきである。

3  地方自治法一四九条五号の「会計を監督すること」は、普通地方公共団体の長の担任する会計の監査のための事務を表現しているものであって、普通地方公共団体の長の担任する事務を違法とすることの法的根拠となるものではないと解すべきである。既に述べたように、本件支出は同法一四九条二号の普通地方公共団体の長が担任する「予算を調製し、及びこれを執行すること」に含まれることは明らかであるから、普通地方公共団体の長のしたある支出が違法であるためには、当該支出が準拠を予定している法令又は当該支出を具体的に規制する法令に違反していることが必要であり、また、右法令に違反していれば、それだけで右支出が違法となるから、同法一四九条五号に違反するために右支出が違法となるものではないのである。

したがって、本件行為〈4〉が違法となること自体が本件においては生じないというべきである。

以上のとおり、本件行為〈1〉及び〈2〉はその違法が本件支出の違法をもたらす関係にはないのであり、本件行為〈3〉はそれによって被控訴人に何らかの責任が認められることはないのであり、本件行為〈4〉は違法となること自体が本件においては生じないのであるから、被控訴人らの本訴各請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないというべきである。

四  よって、以上と結論を同じくする原判決は相当であって、本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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